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無知が強さと誇りを潰す。

photo:Yoshimitsu Kurooka


自国開催のオリンピック・パラリンピックで東京に住んでいるというのに観戦チケットが手に入らず、首都圏のパブリックビューイングはすべて中止。テレビで観戦するしかないが、観客は開会式や収容人数が5000名を超える大規模会場は無観客、それ以外の会場ではオリンピック関係者のみ生観戦が可能だという。

競技によっては、プレッシャーが軽減される、集中力を乱されることがなくなる、などのメリットをもたらし、記録を大幅に更新する場面があるかもしれないが、歓声が聞こえない映像は物足りない。この1年、Jリーグの無観客ゲームをずっと見ていたので慣れてはいるが、先日、EURO2020のグループリーグで6万人の観衆を集めたゲームを見て地鳴りのようなバイキング・クラップを聞いたとき、やはりサッカーはこうでなければ、と思った。

コロナ禍だから仕方がない、と割り切れないのは、日本のコロナ・ショックはパンデミックではなく、インフォデミックだからだ。日本国内の感染者数、死者数はわずかで、欧米諸国と比較すると、まさに“さざ波”程度でしかなかった。土着のコロナウイルスによって毎年、免疫的な軍事訓練を行ってきた日本人はコロナウイルスへ耐性があり、2019年末から中国人とともに上陸した新型の弱毒コロナ株によって集団免疫力が強化されていたのだ。これは大阪市立大学名誉教授・井上正康氏の説だ。現状では推測の域を出ないが、数字は嘘をつかない。これまで積み上げてこられた数字を見れば、日本人に圧倒的なアドバンテージがあったことは疑いようがない。

それは政府も分かっていて、2020年5月、安倍晋三首相(当時)は「日本モデル」だと胸を張った。しかし、メモがなくては予定調和の会見すら進められない菅義偉首相は、恐怖を煽るメディアと、人の流れを止めるという憲法違反のアドバイスしかできない無能な専門家たちにいいように操られて経済の停滞を招き、自殺者やうつ病の患者を増やし、日本人のアドバンテージを自ら放棄してしまった。

その結果が、東京オリンピック・パラリンピックの無観客開催だ。1年の延期は避けられなかったとしても、政治家と官僚が“日本人にとってのコロナウイルス”をしかと見極め、インフルエンザよりもはるかに弱いという科学的根拠を堂々と示し、感染症の類型を2類から5類へ変更していれば、医療崩壊の心配をすることなく、日本人の強さを、日本という国の安全性の高さを、世界にアピールできた。そのうえで東京オリンピック・パラリンピックを有観客で行い、興奮と感動を世界に届ければ、日本に対する評価は上がり、インバウンド需要はコロナ以前よりも高まっていたはずだ。

この散々たる状況を日本をいかようにでもできる米国が強く望んでいたというなら納得できるが、米国がいっさい関わっていないとなると……もはや救いようがない。世界に類を見ないバカ国家である。無知は国を滅ぼすということを政府や官僚、そして国民が知り、取り返しのつかない判断ミスを重ねてきたと反省する日は、おそらくやってこないだろう。

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